ノンフィクション

今私にできる事。

まず被災地の皆様にお見舞い申し上げます。

遠い九州に住む私でも、出来る事を考えてみました。

節電:直接は意味が無いのは良く知っています。しかし、東日本の現状を考えるて、友情節電実施中です。

ガソリン節約:しばらくM109Rを封印します。これって、私には大きなことなんです。

物資の節約:買いだめ厳禁!買い溜めなんて、「自分さえ良ければ」の現れですね。

募金:予算を決めました。予算額に達するまでは、募金箱を見かけたらターバン野口を派遣します。

献血:残念ながら難しいようです。血圧を下げる薬2種、尿酸を下げる薬、アレルギーを抑える薬、血行を良くする漢方薬、ストレス解放薬(いも焼酎)。これを毎日服用中ではね。だから、皆に進めます。

冷静:健康で明るく元気に、毎日を過ごす。過度な自粛を抑え、少しでも日本の元気を支える為に、与えられた仕事を全うします。

祈り:これを見てください。http://www.youtube.com/watch?v=IxUsgXCaVtc 世界中が祈っています。私も祈ります。(これを見て涙を流してしまった私は、歳かな。)

私は、2回の避難生活を経験しました。

1回目は、小学2年生の頃、当時は「山津波」と言っていましたが、土石流で家も庭も近くの川も小さな集落がすべてなくなりました。

2回目は、先に紹介したように地滑りによりマイホームを無くしました。

避難所で学んだ事は、人の温かさ。多くの人が色んな形で、支えてくれました。

辛い事もたくさんありましたが、今はもう忘れてしまいました。

しかし、人の支えのありがたかった事は、決して忘れません。

だから今は、少しでも支えになればと考えています。

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年に一度の大仕事

崩壊してしまったマイホームの現状。

○○市○区役所生活環境課から通知が届いた。

美観や生活環境を損なう空き地に繁茂した雑草を除去してくださいという通知。

毎年この時期になると届く。

そこで、今日は除草作業の日。これが猛暑の中で実施するので、命がけなんです。

P1040019

こんな状態では、ご近所さんに迷惑かけていますね。

P1040020

かろうじて、草を道路に出さないように設置したフェンスが頑張っています。

(これも、安くない工事費を頑張って捻出したんですよ。)

「しかし、好きで空き地を所有しているわけでもなく、この先もこの使えない土地の面倒を見ないといけないのか」とブツブツ言いながら作業を続けます。

水分補給をしながら、休憩を十分に取りながらゆっくり進めます。wobbly

蔓性の雑草の除去は予想以上に大変です。weep

最後は、くらくらして来たので、もういいでしょと、区役所の方向につぶやきます。sad

P1040021

P1040023

こんな感じで。

使えない土地に固定資産税を払って、役所の指示で除草作業をやって。

今でもここの住宅ローンを支払い続けてる。

そして、㈱○○住宅への恨みを思い出す今日でした。

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マイホームが消えた 4

裁判に勝算はあった。

このテーマでブログを書いていたら何時までたっても終わらないので、結果に入ります。

損害賠償請求裁判って被害者が損害を証明しないと勝てない。
勝っても支払額を指示するまで。支払えるかは別問題。
つまり、裁判で勝っても保障を取れるとは限らないのだ。

施工の不備、手抜き工事、企業としての責任欠如。
いずれもほぼ立証できた。
しかし、だから何なの・・・・ということだ。
「手抜き工事をした事実が有ってもそれが今回の損害と関係ないでしょ。」
法律って、そんなものなのだ。

だから、戦いなのだ。

長年にわたって、調査、研究し、多額の費用を投じて裁判を続けた。
弁護士との打ち合わせは、時間を合わせると深夜に始まることも多かった。
時には22時集合で、6時間要した打ち合わせもある。
私も弁護士も証言者も必死だった。

そして、節目の最重要な法廷を迎えた。
私は、「弁護士は代理人ですよね。ということは、原告本人が法廷で意見を直接言ってもいんでしょ。」
「フッチさんなら是非。」弁護士の嬉しい回答。
私は、今までの傍聴人席から、被告の真正面に席を変えた。
建築の専門かとして、疑問を次々にぶっつけた。(実は1級建築士なんです)
そして「なぜこんな不自然な施工を施したんですか。」という私の質問に。
被告のK社長は、
「地盤が沈んでいるのが分かったからです・・・・・・・。」

「それで十分です。」弁護士は、私を制止するように割って入った。
勝利を確信した瞬間だ。

それが最後だった。
裁判もこれからは、補償額を焦点に進める事となる。
直ぐに動いたのは、S住宅㈱のメインバンクだった。
融資打ち切り、そして会社倒産だ。
多額の保証を抱える企業を支援する銀行は無い。
裁判に勝っても、保証はない。
予測はしていたけれども現実となると・・・・・・・・・。
つらい。

今でも住宅ローンと固定資産税は、払い続けている。
幸い、裁判費用の借金は残らなかった。

人生は何が起こるか分からない。
だから楽しい。
だからつらい。
だから長生きしてみたいんです。

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マイホームが消えた 3

閑静な住宅地の中で起きた大きな災害は大きな衝撃だった。
災害現場が見渡せる高台では、心配そうに人々が集まっていた。
その高台で、見舞金を預けてくれる人がいたらしい。
集会所にも連日、いろんな方からお見舞いが届いた。

新聞記者や市役所の担当者が入れ替わり立ち替わり避難している集会所に来てくれた。
あの日、一番に現場に来た西日本新聞社のK記者は毎日やってきた。
マスコミは「市の対応に不満はありませんか。」と聞いてくる。
「市の対応は素晴らしいよ。こんな答えじゃ記事にならないだろうけど。福岡市は満足な対応で私たちを助けてくれるよ。」
そう私は答えた。
そう、役所の人も地域の人も皆優しかった。
しかし、無くした物があまりに大きく・・・・・。

災害の翌日から私は、さっそく動いた。
原因を自分で探した。
擁壁の構造と法規制。
倒壊の状況、降雨量の経過。
S住宅㈱の信用、耐力。
いろんな所へ行き、いろんな人に聞いた。

そして、まず分かった事。
これは地盤沈下ではなく、円弧滑りという地滑りだ。
それが始まったのは、3年前庭にひびが入った時だった。
少し動いて止まる事を繰り返し、今回は止まらなかった。

擁壁は間知ブロック練積み造。
施工基準に合わない個所が多く見つかった。
工事が終わった直後に擁壁が壊れて、それを補修して売り出したという証言もあった。
この事実をS住宅に突き付けても自然災害との考えは変わらなかった。

裁判になった。
請求額は莫大になり、難しい裁判で長期化も予想された。
弁護士は福岡でも評判の先生に依頼した。
しかし、損害賠償請求は請求者(被害者)が過失の事実を法的に証明する必要がある為、容易なことではなかった。
結局、5世帯でS住宅㈱を相手に戦う事になったのだが、私が5世帯の中心となった。

この年の秋。いつもの地域の運動会が開催された。
いつもの運動会より盛り上がった。
グラウンドの中に河童が参加していたからだ。
走る選手に扇子を振って応援し、踊りの中に加わっていた。
子供たちから追っかけられ、写真を一緒に撮ったりした。
あの日の優しい地域の人たちに、少しでも感謝の気持ちをという思いの私が中に入っていた。
正体を明かしていないから意味ないが。

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マイホームが消えた 2

大雨猛威 地盤沈む 東区で民家倒壊
この日、6月20日の夕刊は我が家の事が、1面で扱われた。
新聞の紙面を添付する事はできないので、新聞紙面風に書くとこうだ。

西日本に強い雨を降らせた梅雨前線はゆっくりと南下を続けている。福岡県内での大雨の恐れはなくなったが、福岡市東区の民家が地盤沈下で倒壊し住民が避難するなどの被害が相次いだ。
福岡気象台の発表によると、福岡市では18日の降り始めからの雨量は221mmに達した。
この大雨の影響で、20日早朝、福岡市東区青葉の住宅地の一角が地盤沈下。会社員フッチさん(三六)の木造二階建て住宅の一階部分が埋没して全壊し近隣の住宅5棟も傾き、計13世帯50人が公民館などに避難した。
フッチさんによると、20日午前5時ごろ、バキッと大きな音がし始めたため外に出ると家屋が傾いていたという。福岡気象台などは、九州南部を中心に引き続き土砂災害など厳重な警戒を呼びかけている。

新聞には、地盤沈下が大雨のために起きたように書いていた。
しかし、詳しくはそうではない。

異変はおよそ3年前から始まっていた。
いつの間にか庭の土間にひびが入っていた。それが、大雨のたびに少しずつ大きくなっていた。
その内、家にも異変が出だした。最初はクロスと木枠に隙間が見られる位だったが、床板にも隙間が見られるようになり、ドアーは開閉がしにくくなり、床はビー玉が転がるようになった。
其の度に造成と建築工事をしたS住宅㈱に連絡をした。
すると隙間を埋め、建具を調整してくれる。私は地盤の点検をお願いした。

シロアリの点検の為、床下に入った業者さんが、驚いて報告してきた。
「床下の地面は大きなひびが有り、ツカが外れている所がありますよ。」
これもS住宅㈱に報告した。

集中豪雨の夜、一晩で2cm位ガレージの土間に段差ができた事もある。
S住宅㈱は、段差を直ぐに補修してくれた。
「地盤に異常があるのは明らかなんだから、調査頼むよ。」
対応したS住宅㈱の社員さんは、会社に報告しますと言って帰った。

そして、倒壊の1週間前。
地盤の沈下が気になり、排水枡を開けてみた。
排水の勾配が逆になったのだろう、汚水が溜まったままになって流れが悪くなっている。
これも、出張から帰ったらS住宅㈱に連絡しておこう。
沖縄へ出張に出た。

沖縄では、泡盛を沢山飲んだ。
二日酔いの頭を抱え飛行機に乗る。(あの日なかなか起きれなかったのはこのせいだ。)
私が乗った飛行機は福岡空港に近づくと、着陸態勢のまま旋回している。
機内アナウンスで、福岡空港付近は厚い雨雲の影響を受け着陸できない事を知る。
「また地盤が下がるだろうな」
もう地盤沈下は想定の範囲内だった。

そして、運命の朝を迎えたのだ。

家を飛び出した時の庭には、10cmほどの段差ができていた。
通報し交番から帰ると、その段差は、30cmほどになっていた。
それは、止まることなく確実に大きくなっていた。
正午頃には1mほどになり、家につながる電線は、張り切った弦がはじけるように、大きな音を立てて引きちぎられた。
夕方には、庭に2メートル位の崖ができていた。
家はV字型に折れ曲がり2階が1階の位置にあった。

その日は、地域の集会所に避難することになり集められた。
我が家を中心に、両隣の並び6棟、迎えの並び7棟の13世帯に避難勧告が出され、福岡市からの説明を受けた。
当然、施工した建設会社からも説明があった。
今までの事は無視し、雨のせいにしている。
まるで人ごとS住宅㈱の説明に、マイホームを無くした以上のショックを受けた。

この日から7年におよぶ戦いが始まったのだ。

つづく。

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マイホームが消えた 1

6月20日。朝、目が覚めると隣に寝ていた嫁がポツリ

「チャンとお家あるね。」

そうか、今日はあの日か。

それは、9年前の6月20日早朝の事だ。

出張から帰ったばかりで、少しでも長く寝ていたいという思いを打ち砕く音で目が覚めた。

ミシミシッ!ミシミシッツ!家が歪んでいる。

嫁も目が覚めているようで、「起きてよッ。大丈夫?」

「まだ大丈夫だ。もう少し寝かせてくれ」

それから30分ぐらいたっただろうか。

ミシミシッ! ゴトン! 

ヤバイ継ぎ手が外れだした。もう寝ていられない。

「起きろ!逃げるぞ!」

家族みんなは、起きていた。そして、着替えを済ませ、逃げる用意をしていた。

私がGOサインを出すのを待っていたようだ。

寝室は2階にあるのだが、パジャマをTシャツに着替えると、玄関に向かう。

階段の壁は激しくクラックが入っている。階段が降りにくい。

そして、気がついた。家が傾いている!

外に出ると、周りは静かだ。

昨夜、激しく降っていた雨もあがっていた。

「トイレに行きたい。」

子供たちに言われるまでも、俺も行きたい。

傾いた家には戻れないし、まともにトイレが使えそうもない。

まずはトイレだ。近所の公園へ行き用を済ませると、そのまま交番へ。

「家が傾いて、ガス漏れやいろんな心配があるので、手配お願いします。」

再び家の前に帰って来ると。

傾きだしたのは、家だけではないようだ。

隣を起こす。ピンポーン!

「早朝からすいません。お宅も家が傾いてるようですよ。」

お隣さんは、悲鳴を上げながら出てきた。

アッ!もう一台の車が亀になっている。自力では出そうにない。

こんな時もJAFかなああ?とりあえず、手配する。

時刻は、7時前頃だったと思う。

ご近所さんが皆、出てきた。

そして、まず西日本新聞社の記者さん。

交番のお巡りさん。

消防隊、JAF、テレビカメラ、野次馬。

いろんな人が集まってきた。

空を見上げると、報道だろうかヘリコプターが飛んでいる。

そのうち、ヘリの台数も増えてくる。

消防隊も増えてくる。

JAFさん車を引張るがワイヤーが切れる。

車はV8のクラウンだ、重たいのだろう。JAFさん困ってる。

すると、消防隊の隊長さんが、隊員を車に集める。

テキパキと指揮に従って動く隊員に、あっという間に車は救出された。

黄色い規制線のテープが張られる。

なんか大げさになって来たよ~。

規制の外で、取り合えず連絡等の手配がひと段落した。

すると、このタイミングを待っていたのだろう、マスコミ関係の方に取り囲まれた。

テレビ局のレポーターだろうか「どんな状況でしたか」というような質問。

私が答えようとすると、マイクが一斉に向けられた。

マイクは10本くらいあっただろうか。テレビで見たような光景が・・・。

って事は、そのテレビに私が!

それは夕方6時のニュースだった、トップ扱いだったもんだから、ニュースが終わると、全国から私の携帯に電話があった。

こうして、人生最大の出来事が、9年前の今日起きたのでした。

{続きはボチボチ書いていきます}

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